知り合いづてに、こんな人の話を聞きました。
AIを使いこなして、調べ物も自分でどんどん進められる。
誰が見ても「頭のいい人」です。
その人が、高額な投資スクールにまとまったお金を払って、短期売買に向かっているらしい。
それを聞いて、最初に浮かんだのは「自分で調べられる人なのに、どうしてそっちに行くんだろう」という素朴な違和感でした。
今日は、その違和感から考えた、「頭の良さと投資の合理性は、たぶん別物だ」という話を書きます。
頭の良さは、投資ではむしろ罠になることがある
考えてみると、頭がいいことは、投資では必ずしも有利に働かない気がします。
むしろ罠になることがあると思います。
頭がいい人ほど、「自分は情報を見極められる」という自信があります。
だから一度「これは本物だ」と判断すると、その判断をなかなか疑わない。
普通なら「ちょっと怪しいかも」と引く場面でも、「自分が考えて選んだのだから大丈夫」と進んでしまう。
知性が、自分の判断を疑うブレーキを、むしろ外す方向に働くことがあるんだと思います。
「分析できる」と「市場に勝てる」は別物
もう一つ感じたのは、「分析できること」と「市場に勝てること」は、別物だということです。
AIやツールを使いこなせると、「これだけ分析できるなら、自分は勝てる」という感覚が生まれやすい。
でも、短期売買で個人が勝ち続けられるかどうかは、分析力の問題ではないと思っています。
相手は、プロや機関投資家や、休まないアルゴリズム。
同じ土俵で、情報も資金もスピードも上の相手に勝ち続けるのは、分析が得意かどうかとは別の話です。
願望が、冷静な判断を上書きする
それと、願望の強さも大きいのかもしれません。
「早く自由になりたい」「早く増やしたい」という気持ちが強いと、コツコツ続ける長期投資が、どうしてももどかしく感じます。
そこに「早く叶えてくれる」と謳うものが現れると、強く刺さる。
願望が強いほど、たとえ分析力があっても、その分析が願望を正当化する方向に使われてしまう。
冷静な判断が、願望に上書きされていくんだと思います。
自分との違いを考えてみた
正直に言うと、自分も、調べたり分析したりするのは好きなほうです。
だから、その人を笑える立場じゃありません。
ただ、自分が調べてたどり着いたのは、「個人が市場に勝ち続けるのは難しい」という、ちょっと身も蓋もない現実でした。
だから、市場平均にそのまま乗るインデックス投資を選びました。
同じ「調べる力」でも、その人は「市場に勝つ」方向に使って、自分は「自分の限界を知る」方向に使った。
向けた方向が、たまたま逆だっただけなのかもしれません。
投資で大事なのは、知能ではなく謙虚さ
ウォーレン・バフェットに、こんな趣旨の言葉があります。
「投資は、IQ160の人がIQ130の人に勝つゲームではない」(株主総会などでの発言)
これを知ったとき、すごく腑に落ちました。
投資で成功する条件は、頭の良さでも分析力でもなくて、「自分は市場に勝てない」と認めて、淡々と続けられる謙虚さなんじゃないか。
頭がいい人ほど「自分は勝てる」と思って動いて、負けることがある。
自分がたまたま投資で冷静でいられるのは、賢いからではなくて、自分の限界を認められたからだと思っています。
まとめ
これは、その人が愚かだという話ではありません。
賢い人でも、願望や自信が判断を歪めることはある。
それは、その人個人の問題というより、人間の認知の仕組みなんだと思います。
自分だって、投資以外の領域では、きっと同じ罠に落ちている。
大事なのは、頭の良し悪しよりも、「どの領域で、自分の限界を認められるか」なのかもしれません。
(短期売買そのものが悪い、という話ではありません。目的や向き合い方は人それぞれなので。ここで書いたのは、あくまで自分が自分の限界とどう折り合ったか、という内省です。)



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